CROSS TALK vol.02 | TAKU SATOH × YUZURU KINO
  • 佐藤卓

    グラフィックデザイナー 佐藤卓

    1984年に佐藤卓デザイン事務所(現 株式会社TSDO)設立。「ニッカ ピュアモルト」の商品開発、「ロッテ キシリトールガム」、「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインなどを手掛ける。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、21_21 DESIGN SIGHT館長を務めるなど多岐にわたって活動。

    http://www.tsdo.jp
  • 木野謙

    全国タイル工業組合理事長 木野謙

    1967年生まれ、愛知県名古屋市出身。1991年に株式会社INAX(現 (株)LIXIL)に入社。タイルの商品開発やタイルの商品企画、プロモーションを中心とした業務を経て、現在はLIXIL Water Technology Japanタイル事業部長。また、全国タイル工業組合理事長も務める。

    https://www.lixil.com/jp/

スペシャルモデレーター横里隆

雑誌『ダヴィンチ』で10年間編集長を務めた後、独立。2012年に株式会社上ノ空/uwanosoraを設立。 様々な企業コンサルティングやコンテンツ開発、文化イベント企画など多岐にわたり活躍。  http://uwanosora.co.jp/

text:Rie Sasada
Photo:Yoshihiro Ozaki(daruma)

グラフィックデザイナー・佐藤卓氏と
全国タイル工業組合理事長・木野謙氏のクロストーク

グラフィックデザイナーの佐藤卓氏と当組合理事長の木野謙(ゆずる)氏のクロストークイベントを開催。
「A VISION OF TILE FOR THE NEXT 100 YEARS ―次の100年に向かって」をテーマに、
トップクリエイターとタイルの作り手が考える「未来のタイル」について意見が交わされました。
タイルへの思いや業界の課題、そして佐藤卓さんがタイルを使ってデザインされた
松屋銀座の地下通路の制作についての話題も。 未来につなげていく新しいタイルの在り方とは?

タイル産業をより良いものにしていく、という
気概や思いを込めて

―まず、木野さんに日本のタイルの歴史や名称統一100周年についてお聞きしたいです。
そもそもタイルとは、どういうものなのでしょうか。
木野: タイルは元々「tegula(テグラ)」というラテン語から生まれた名前で「包む、覆う」が語源です。4000年ほど前にエジプトで王墓を装飾するために作られたものが起源だと言われています。日本には、飛鳥時代に仏教と共に入ってきました。これは「瓦」という名称で使われていました。

―なぜ、100年前に「タイル」と名称が統一されたのでしょうか?

木野: 日本にタイルが伝来してから時を経て、煉瓦やテラコッタなど壁や床を装飾、被覆するやきものが入ってきます。それぞれが枝分かれをし、全部で25個の呼び名ができてしまいました。職人からは「これでは非常に煩雑だ」「今後、産業が発展していく上で呼び方をまとめた方がいい」という話が持ち上がり、議論をして名称を「タイル」と統一したのが1922年4月12日の平和記念東京博覧会。その時は名称統一を目的とするだけではなく、これから日本が発展していく上で、タイル産業をより良いものにしていくという気概や思いを込めたという点が大きなポイントかと思います。

―では、佐藤卓さんのタイルとの出合いについて教えてください。 佐藤: 私は、練馬区の石神井で育ちました。小さい頃はまだお風呂は薪で焚いていて、薪をくべて火をつけていた光景を覚えています。それが家の改装でお風呂がタイルになり、風呂場の景色が全く変わりました。とにかくオシャレで、木の桶だったものが長方形のタイルのお風呂になったことが衝撃的でした。その経験はすごく覚えています。日常生活の中でタイルを体感して自然と影響を受けました。

木野: お風呂やタバコ屋さんの角など、昔はいろいろなところにタイルを使っていました。それらの場所に合う形状や色、種類を多くのメーカーで作っていた。ちょうど生産量が増えていく時代だったんじゃないでしょうか。   ―卓さんは、タイルとやきものの産地である岐阜県
美濃地方で「セラミックバレー構想」に携わって
いらっしゃいます。その経緯について聞かせてください。

佐藤: 10年ほど前に、美濃地方で作られているやきもの「美濃焼」を世界に向けてどう発信したらいいのかとご相談いただいたのがきっかけです。日本の各産地のやきものは、意匠の特徴が思い浮かぶものが多い反面、美濃焼は頭に浮かべられる特徴がない。個性がないものをどうしたらいいか、と悩まれていた。しかし、現地に足を運ぶと、陶器、磁器、タイルなど多様に発展したやきもの一大産地だと遅ればせながら知りました。それは「個性がない」のではなく、多様に発展したことそのものが個性。この産地を世界に向けて何と呼ぶかと考え「セラミックバレー」としました。シンボルマークを作り、これを一つの旗印にした活動が始まりました。その中でタイルの製造現場にも行き、全く知らない世界に触れることができました。

手仕事によって生まれる有機的な美しさが、
タイルの魅力になる

―名称統一100周年を機に再びタイルを盛り上げていきたいという思いを感じ取れますが、
タイルおよびタイル業界が抱える課題についてお伺いしたいです。
木野: タイルの生産量が激増した時代から比べると、おそらく7分の1程度の需要になっています。これは構造的な問題があり、世の中の建築が新築からリフォームに変わったり、お風呂がユニットバスに、トイレが壁紙に変わったりしているためです。業界としても需要創造を頑張って続けていますが、一方でタイルが使われないという構造の大きな波にのまれていた状態でした。しかし、タイルの本質的な価値や需要にエンドユーザーが気付き始めています。名称統一100周年を迎えたタイミング、この機会を逃しちゃいけないと思っている次第です。

―卓さんは、百貨店「松屋銀座」の地下通路デザインを手掛けられた時にタイルを使われました。
そのお話についてお聞かせください。

佐藤: 松屋銀座が創業150周年を迎えるにあたってクリエイティブディレクターを仰せつかいました。グラフィックだけではなくて、「デザインの松屋」という言葉を作り「デザインを通して生活を豊かにするお手伝いをしている」という松屋としてのパーパス(企業の存在意義)を言語化しました。地下鉄銀座駅から松屋の地下一階まで続く地下通路を改装する話があがり、ポスターを貼る額縁や壁、10本の丸い柱も全て含めてタイルの空間にしてはどうだろうかと考え、タイルの地下通路をプレゼンテーションしました。タイルを張るというのは、その通路に刻印するようなもの。松屋は「デザインで生きていく」と宣言するという思いも込めて、タイルで「MATSUYA DESIGN」と描きました。

―実際にタイル職人の方が手掛けたんでしょうか? 佐藤: タイル職人の方が手で割って文字を制作してくれました。タイルの良さは、ニューヨークやヨーロッパの駅構内などで見かけて素敵だなと思っていたんです。駅とタイルは、ものすごく良い関係。丸い柱に番号をつけたことで待ち合わせ場所になったりもします。

木野: これを見て、モザイクタイルで字を描いた新橋や上野の風景を思い出しましたね。駅名をタイルで表示をしていたような記憶があります。   佐藤: ヨーロッパなどは駅の名前がタイルで作られていて、なぜ日本でこういうものを作れないんだという思いがずっとあって、それがこのときに爆発しました。   ―卓さんの考えるタイルの魅力について
教えてください。

佐藤: 魅力的な古いタイル壁は手で割っているのが分かる。何でも機械でできる時代ですが、手技が入ることによって一気にその壁全体の見え方が変わる。地下通路の丸い柱も、数字の部分にある有機的な線が入った途端にタイルの良さが表れると思っています。

木野: 手割りを一つ加えることでタイルを使う必然性が生まれる。「タイルじゃなくてもいい」と考えられない空間になる。それも一つのコンテンツになりますね。

佐藤: たとえばグラフィックでいうと、コンピュータがない時代に直線を描くのは「できるだけ細かい線を手で描くことが命」で、それを目指していたわけです。ところがコンピュータは、美しくて細い線を1mmの中で10本引いてくれる。描けないときは即物的な美しい直線を目指しますが、テクノロジーによって可能になった途端に、今度は情緒的な線が魅力的に思える。きっとタイルの世界では、平面がきれいに作れない時代は、正確さや均一性を目指していたはず。その反面、あまりにも平滑なタイルが世に出回ると、今度は波打つタイルや手で割ったものが相対的に魅力を感じる。

木野: まさにおっしゃる通りです。工業化が進んで建物を効率よく作っていこうとなった流れで施工を簡単にするために寸法の正確さを求めたり、目地を細くしたりするなど、タイルがシンプルでカチッとしたものになったという傾向はありますね。しかし、逆に凹凸があってモヤモヤとしている昔のタイルが、エンドユーザーに「かわいい」と思われている側面もあります。

佐藤: 昔のビルの壁面に使われているタイルを見ると結構ブレがある。今はキレイに同じ色が出せる。でも、昔のビルのような色が均一ではないタイルの壁はなんとも味があって良い。昔から持っていたタイルの“揺らぎ”などは、今こそ表現できるんじゃないかと。そこもチャレンジすると面白いんじゃないかと思っています。あとは、タイルを見て街を歩くと面白いですよね。東京でタイルツアーをやるのもいいんじゃないですか?

木野: 建物の壁やタバコ屋だけじゃなく、お風呂の浴槽などいろいろな所にタイルが使われていて必然性がありました。「タイルっていいね」と思われる兆しがある中で、我々はお客様にどう訴求をしていくかが大事なことだと思います。

佐藤: たとえば日本の美容院の数はコンビニよりも多い。美容院の壁をガラスやステンレスでピカピカにしている店は多いかもしれないけど、タイルを現代的に使ったら間違いなくすごく洒落た空間になると思う。

―いろいろなタイプのタイルを使った新しい試みや
遊びが活性化しているんですね。

―いろいろなタイプのタイルを使った新しい試みや
遊びが活性化しているんですね。
  木野: エンドユーザーや一般の方々にタイルを楽しく使っていただこうという動きもあります。卓さんがおっしゃったように、昔の建物のイメージをエンドユーザーの人たちによく理解してもらって、「そんなリノベーションがしたい」と思ってもらえる働きかけをデザイナーの皆さんと一緒にやっていきたい。これは新しい住み方、より豊かな生活の提案ができるんじゃないかと思っています。   佐藤: あとはタイルを使う施主や決定権を持った人が「タイルでいこう」と思えるような、気持ちが動くプレゼンテーションは重要です。空間をタイルでシミュレーションできるCAD※ があるといいですよね。しかも、ちょっと人間味を足す目盛りがあって、タイルの揺らぎも見えるソフトができたら良くないですか? 今はまだ施主やエンドユーザーとタイルの間に少し距離があります。一般の人が「タイルを使いたい、タイルの中で暮らしてみたい」と気付かせ、ハードルを下げるようなアイデアは必要だと思います。
※CAD(キャド) ...コンピュータを用いて、住宅や建築、自動車などの設計や製図を行うシステムソフト、あるいはコンピュータによる設計支援ツール

―タイル業界を代表して、木野さんの名称統一100周年に対する思いを聞かせてください。

木野: 一番大事なのは、過去を見て「あの頃は良かった」と嘆くのではなく、過去の良かったことを今どう生かすかが大事だということ。それを踏まえて我々が今からどんな新しい取り組みをするのか、どんな人たちとどういったコミュニケーションをしながらタイルのことを考えていけばイノベーションができるのだろう。そういった動きをこの1年間で皆さんとやっていきたいと思っています。

―最後になりますが、タイルは今後どのように未来を切り開いていくのでしょうか?

木野: 新しいタイルは張るだけのものではなく、焼き物の素材であり、それをエンドユーザーがどういう風に使って生活に役立てていただくか。それを新しい可能性として考えていければと思っています。

佐藤: 私は2001年から「デザインの解剖」というプロジェクトを続けていて、いろいろなモノをデザインの視点で解剖しています。「美濃焼の解剖」も行う予定ですが、当然「タイルの解剖」もすることになります。たとえば、タイルには釉薬によって生まれた色や艶があります。それがどういう風に人に届いているかを分析するなど徹底的にタイルを解剖することになる。それによって改めて「タイルって面白い」と一般の人たちに届くと、タイルの見方が変わると思う。何気なく街を歩いているときに見過ごしていたタイルが気になってしょうがないという人が増えると、必然的にタイルによる豊かな空間づくりにつながるわけです。「タイルって面白い」とどうしたら思ってもらえるか、それを一つの「解剖」という手法で、地元の方々とやってみようと思っています。